「落花」

新聞小説 澤田瞳子『落花』終わった。

声明の名手寛朝が主人公。

諸国をさすらう傀儡や、琵琶の名器『有明』の争奪。

背景に坂東の土ぼこりが舞う。

平将門の姿は遠くに描かれている。

坂東を愛し、ここに暮らした人々を慈しみ、戦った将門がまばゆい落花として散る。

国にも法にも従わず、己の義を貫いた益荒男の生きざま。

存在は微かだけど魅力的に描かれている。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

神田明神は江戸城の鬼門に武士の守り神として平将門を祀りました。

明治天皇が江戸城に入って皇居となる。

将門は朝廷に対しては反逆者なので、祭神から抜けてもらって他の神様が鎮座。

「神田神社」になりました。

昭和天皇が将門人気を知って「もう良いのでは」。

将門さま再び明神さまになりました。

よって神田明神は表門には神田神社。社には神田明神となってます。

 

大手町のオフィス街には将門の首塚。

都へ運ばれた首が故郷に帰ろうと飛んだけど、ここで力尽きたとか。

土地開発しようしたら色々不幸があって移動を断念したそうです。

 

 

小春日和、お天気も良いので、近所で紅葉狩り。

遠回りして6000歩。おてんき もみじ るんるん

 

 

 

 

 

 

 


「下町」

『情が厚く、安くて美味しい飲食店が健在で、隅田川とスカイツリーがすぐそこに。

 

 山本周五郎も藤沢周平も、池波正太郎も繰り返し作品に描いた「本所深川」。

 浅草をよく知る川端康成が持論を引いた一節がある。

 〈東洋の文化は悲しみに満ちているけれども、西洋に感じるような荒廃は一度たりとも感じたことが無い〉

 

 [たけくらべ](樋口一葉)、[私の東京地図](佐多稲子)、下町文化を凝縮した作品は、どれも悲しみに満ちている。

  なのにあきらめも荒廃もなく、潔く、清い。』 

                     (Y新聞から)

 

近所のコンビニ、改装中。

元気に微笑んでいるバリケード君。

『支援金プロジェクト。東北と一緒に頑張ろう。

このバリケードの売り上げも一部は赤い羽根支援金として寄付されます』

 

マサキの実

 

ネズミモチの実

 


「俳句か短歌か」

どっち派?(Y新聞から)

 

【俳句】

 

萬緑や死は一弾を以て足る 

(上田五千石)

鰯雲人に告ぐべきことならず

(加藤楸邨)

ある程の菊抛げ入れよ棺の中

(夏目漱石)

おもむきは侘びて住む世の時雨かな

(永井荷風)

いくたびも雪の深さを尋ねけり

(正岡子規)

 

【短歌】

 

あらざらむこの世のほかの思ひでにいまひとたびの逢ふこともがな

(和泉式部)

やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君

(与謝野晶子)

たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらって行ってはくれぬか

(河野裕子)

バンザイの姿勢で眠りいる吾子よ そうだバンザイ生まれてバンザイ

(俵万智)

 

どっちもいいなあ。

 

 

サルナシという果実をいただいた。

キウイフルーツみたいな味だけど、もっと濃い甘さと酸味。

一粒が2〜3僉▲戰咫璽ウイとも言われるらしい。

「足が早いから早めに食べてください」

美味しくてやめられなくてすぐ食べちゃいました。

 

 

95歳の方が作った丸い大根。

半分はヒラタケと豚肉と煮ました。

半分はユズと漬けよう。

 

無印のひざ掛けとクッションカバーを出した。

寒くなるのがちょっと楽しみになる。

 

 

 

 


「 能『安宅』 義経・弁慶ー主従の絆ー」

国立能楽堂で、 長山桂三、桂諷会公演 能『安宅』他

 

舞囃子 『鞍馬天狗』桂三氏の息子12歳の長山凛三くん。牛若丸に兵法を教える鞍馬天狗を演じる。

鞍馬天狗なんだけど、まだ声変りをしていない美少年の凛三くんは牛若丸にしか見えないなあ。

清純な声が朗々と響く。華奢なのにぶれない舞い。

 

仕舞『実盛』『仏原』『船弁慶』

船弁慶を舞うのは女流能楽師、鵜沢久。

1949年生まれのきりりとした女性。

薙刀をふるって勇壮に舞う拍手

 

狂言『清水座頭』、舞囃子『頼政』

 

休憩の後に

能『安宅』、歌舞伎の勧進帳が大好きだからストーリーも知ってるし言葉も聞き取れる 拍手

桂三氏が弁慶、凛三くんが義経。能の義経は子方が勤めます。

こんなに可愛い義経なら守ってあげたくなるよな。

義経従者の山伏は8人も出てくる。(歌舞伎は4人)

「判官殿12人の作り山伏となって…」とあるから多くてもいいのだ。

桂三氏1976年生まれ。若いけど貫録、声も渋くて艶がある。

後半で舞われる延年の舞も迫力があります。

強力は野村萬斎氏。軽やかに舞台を進行させる。

 

色々公演のパンフレットやチラシを貰うと好奇心がムラムラ湧いてくる。

我慢しておこう。歌舞伎も見たいしね。

 

 

 

 

 


「運慶展」

 

もうすぐ終わっちゃうし、混んでるだろうし、無理かなぁ…と思っていたら22日から26日まで9時まで見られるって!

のんびり出かけて3時ころ到着。55分待ちと言われたけど、スイスイと列が進んで30分くらいで入館。

中の混雑はまあ仕方がないでしょ。

先ず運慶の初期の作、大日如来坐像の冠の下の髪の毛の繊細な彫りに見とれる。

不動明王、毘沙門天、四天王、肉体や表情の迫力に圧倒される。

八大童子立像、本当に生きているような玉眼の眼差し。

他の仏像も表情が豊かです。

何だか田中邦衛氏に似てる…伊東四朗氏が真面目な顔をしたらこんなかな?

 

天燈鬼立像 龍燈鬼立像、

愛嬌のある体型なんだけど、どうしても昔歌舞伎座で見た『燈台鬼』を思い出す。

南條範夫の直木賞受賞作の劇化。

行方不明になった遣唐使の父を探しに唐に渡った道麿は、声と手の指を奪われて身体中に入れ墨を施され、人間燭台の奴隷にされている父親を見つける。

日本に連れ帰ろうとするが自分の姿に絶望して父は帰途の船から身を投げる。

2代目尾上松緑と初代辰之助が演じました。

 

夜の上野公園は不思議な雰囲気に変貌します。

 

 

 


「七沢へ」

日向薬師寺の裏山から日向山に登って、七沢へ下りました。

薄曇りで紅葉の輝きは物足りなかったけど、森林の空気がしっとりしていて美味しい。

程よく汗をかいて、ZUND-BARでラーメン。

 

七沢温泉の日帰り湯でひと風呂浴びて帰途。

お目当てだったかぶと湯温泉が定休日で残念だったけど、楽しい一日でした。

ぐ〜たらなワタクシにしては頑張って歩いたぞ ジョギング

 

 


「日向薬師」

伊勢原駅で友人と待ち合わせてバスで日向薬師。

人の少ない参道を登るのが気持ちが良い。

 

元正天皇時(西暦716)行基菩薩開創(伝)

天歴6年(西暦952)村上天皇が梵鐘を寄進。

近衛天皇が仁平3(西暦1153)梵鐘を寄進(現存)

鎌倉期には頼朝政子も参詣。

その後も北条氏、足利氏、徳川氏などが保護、助力。

(日向薬師、宝城坊の解説書より)

 

お寺を守る方達がとても暖かい。

90歳の住職の奥さま、戦後一時教師をした時の教え子の同級会に出席するのが嬉しいそうだ。

にこにこと素敵な笑顔で話してくださる。

 

宝物殿には秘仏の薬師如来。

特別の日しか開帳しないらしいが、本尊の厨子を守る十二神将等鎌倉期の仏像を間近に拝めてとても嬉しい。

宝物殿の説明をしてくださるおじさまが、熱く平和を語る。

スリランカのジャヤワルダナ氏も参詣したことも熱心に話してくれた。

 

スリランカの初代大統領ジャヤワルダナ氏、

サンフランシスコ対日講和会議で、仏陀の言葉を引用して日本に対する理解と慈悲の演説をした。

「人はただ愛によってのみ憎しみを越えられる。

人は憎しみによっては憎しみを越えられない」

 

鎌倉大仏のそばに顕彰碑を見つけ感動したことがあります。

どこかの国の人に教えてやりたいものです。


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