「都と京」

酒井順子著「都と京」

東京は都か?…と納得できない題名ですが、京都と東京を比較してあって面白い。

エッセイストって色々発見して文章にする、やっぱりすごいお仕事だわ。

 

「はる」と「らっしゃる」

東京弁にもこの言葉があるといいなぁ。

最も近いのが「〜してらっしゃる」なんだろうけど、

「うちのパパがゴルフしてはった時にな」

「うちのタローが道端でおしっこしはってな…」

「仏さんが守ってくれはった」

圧倒的な存在にも、犬にも「はる」なわけで、「はる」は敬語ではないようである。

 

 

なぜ人は京都で殺されるのか。

赤い霊柩車、京都祇園入り婿刑事事件簿、京都殺人案内、京都の芸者弁護士事件簿、京都鴨川東署迷宮課おみやさん、

京都迷宮案内、京都地検の女、科捜研の女。

それから山村美紗原作のサスペンスもほとんど京都が舞台。

優美さと暗さ、京都にはそれがあるようです。

 

…京都が舞台のサスペンス、私も大好きです。殺人事件の惨さが少しソフトになります。

 

東京には空がない…とかつて智恵子は言ったそう。

まだ高層ビルも建っていなかった時代、智恵子はなぜそう感じたのか。

東京には山が無いからなのでは、と筆者が思う。

山というのは空を美しく見せるためには最も効果的な小道具。

智恵子も安達太良山の上の空が本当の空だという。

 

京都は都なのに山がある。

山が与える包容感、大きくて頼もしい存在に何となく手を合わせて拝みたくなる。

 

…………

我が家からは丹沢の山が見えます。

当たり前に存在している風景のありがたさ。

改めて山と空の美しさを認識しました。

山の姿には大きく包み込むような安心感を覚えます。

 

 

 


「日々是好日」

森下典子『日々是好日』(にちにちこれこうじつ)

「お茶」が教えてくれた15の幸せ

 

昔読んだものを文庫本で再読。

 

序章  茶人という生きもの

第1章 「自分は何も知らない」ということを知る

第2章 頭で考えようとしないこと

第3章 「今」に気持ちを集中すること

第4章 見て感じること

第5章 たくさんの「本物」を見ること

第6章 季節を味わうこと

第7章 五感で自然とつながること

第8章 今、ここにいること

第9章 自然に身を任せ、時を過ごすこと

第10章 このままでよい、ということ

第11章 別れは必ずやってくること

第12章 自分の内側に耳をすますこと

第13章 雨の日は、雨を聴くこと

第14章 成長を待つこと

第15章 長い目で今を生きること

 

 

20代で茶道を始めた著者、最初は驚いたり、不思議に思ったり。

茶碗蒸しの蓋つき椀みたいな漆器、「これがナツメよ」

「ひらがなの『こ』を書くのよ」

(なんで『こ』なんだろう、どうせならまんべんなく拭けばいいのに)

「最後に音を立てて飲み切るの」

(音を立てて飲むなんて、変だな)

茶筅とうじ、ゆっくり持ち上げてくるりと回す動作を三回繰り返す。

(なんだかお焼香みたいで変だな)

 

なんで???

「なぜでも、いいの。意味なんか分からなくても、こうするの」

「それがお茶なの。理由なんていいのよ、今はね。」

「頭で覚えちゃダメなの。手が勝手に動くようになるの。」

 

抵抗を覚えながら稽古を繰り返すうちに(あ…、手が勝手に動いた…)。

若葉を打つ雨の音、枯葉を打つ雨の音が違うことに気づいた。

 

………………………………………

 

高価なお道具が集合する大寄せお茶会の風景はやっぱり抵抗がある。

でも、自然の移り変わりや人の心を感じるお茶は素敵だと思う。

私も、このままでいい…と今を楽しもう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「人間の煩悩」

佐藤愛子著『人間の煩悩』を読んだ。

愛子先生ほど潔くは生きられません。

自分に都合の良いところだけ、覚書。

 

『…人間関係は最初が肝心…

何事も最初が大切である。

最初に気取っていいところばかり見せるとボロを出すまいと緊張し続けなければならない。

私は私の人生を生きてきた。

それで相手がドギモを抜かれて逃げていくとしたらやむを得ない。

(後になってからボロが出るよりは)』

 

『元気の源

神様は私たちに「忘れる」と「馴れる」というありがたい能力を与えて下さった。

数々の試練に耐えてこられたのはそのお陰である。

友達は「そんなのただのノーテンキってことじゃないの」』

 

『インターネットにウイルスが侵入しているという声がテレビから聞こえる。

コンピューターにもバイキンがつくのか?

どんなバイキンと娘に質問し、嘲笑に耐えて説明を聞いているうちに頭がぼ〜っとしてきた。

アホでも生きていける世の中にせよと私は叫ぶ。』

 

 

買い物をしながらお散歩。

早春の楽しみ、不思議な形のマンサクの花、今年も咲いていました。

 

 

 

道祖神の可愛い注連飾り。

道路工事などで掘り起こされた道祖神を新しくしてお祀りする人達の心がゆかしい。

 

 

 


「山月庵茶会記」

 

妻の不貞を疑って、自害させてしまった武士柏木靭負が、16年後に茶人となって帰国する。

庵を結んで、昔関係のあった人物を招いて、妻の自害の真実を探ろうとする。

人として、侍として、茶人として、各々が悩みながら生きていきます。

お家騒動と茶道と絡ませて人間関係をあばいていきます。

不義を疑われて自害した藤尾、靭負の茶会を手伝う嫁の千佳、江戸藩邸奥を取り仕切っていた浮島、老儒学者の妻の波津…。

葉室麟の女性はこの作品でも素敵です。

 

武骨な又兵衛が友の靭負のために催す茶会が楽しい。

茶の湯の沸いた一瞬を見逃すまいと茶釜をにらんで息を詰める。

柄杓を持つ手が震えて釜に当たりカチカチ音を立てる。

濃茶がひどく泡立って、抹茶の粉が縁にこびりついている。

でも講釈は大宗匠なみ。

緊迫した客達の関係が和んでくる。

 

あちこちに茶道の知識。お勉強になりました。

 

 

 

 

 

 

 


「文芸春秋」

図書館から借りて文芸春秋を読んだ。

週刊文春じゃないぞ 本 男 グッド

 

渡辺和子さん。

9歳の時、昭和11年の2.26事件で目前で陸軍大将の父親を銃殺される。

兵士たちが父親を殺害したとき、1mほど離れた座卓の陰で目撃。

 

戦時中に洗礼を受けて、29歳で修道院に入る。

「戦時下になぜご先祖を拝まない」

「敵国の宗教のクリスチャンになるのか」

家族の大反対をうけたそうです。

 

凄惨な体験をしたのに、どうして穏やかな笑顔の修道尼でいられるんだろうか…と不思議に思っていました。

洗礼を受けたのは、優しい人間になりたかったから。

常駐して護衛してくれると思っていた憲兵が実際は父を監視をしていた。

反乱軍の将校たちの遺族会から誘いがあっても行ったことはなかった。

50回忌に初めて行ったときは「汝の敵を愛せよ」の気持ちではなく、「敵に後ろを見せてはならない」の心境だった。

 

人間的な、決して優しいだけの方ではありませんでした。

静かに怒りを秘めていました。

「和子はお母様のところへ行きなさい」父の最後の言葉で一生分愛された実感。

言いつけに背いて父のいた居間に戻り、現場を目撃した。

父を一人で死なせることなく、看取ることができた。

 

ページを閉じて、暫く呆然。

読みかけていた小説がなんだかあほらしくなった。

 

 

 

美味しそうな卵をいただいた。

小ぶりな卵で、卵かけごはんにピッタリ。

雑穀入りご飯に大根のお味噌汁。

にっぽんの朝ごはんは美味しい

 

 

 


「蛍草」


蛍草、つゆ草のこと。
万葉集では月草、俳諧では蛍草と呼ぶ。
「月草の仮なる命にある人をいかに知りてか後も逢わむとす」(万葉集)

葉室麟作「蛍草」読み終わった。
主人公の菜々がすてき。
武士の娘の素性を隠して女中を勤める風早家で当主夫婦に可愛がられる。
幼い子供を残して亡くなった奥方が菜々に教えた花の名と万葉集の一首。
お家騒動で囚われた当主の子供たちを匿いながら、風早家のために孤軍奮闘する。

小説を読むのに視力気力根性が足りなくなってきた。
久しぶりに面白くて一気に読んだ小説です。



新聞に載っていた料理を作ってみた。
アスパラガスと新じゃがと豚肉の炒め物。
大好きなものばかり。
美味しいに決まってる楽しいムード



 

「千家分流 井ノ部康之」

千利休の孫 千宗旦とその子、宗拙、宗守、宗左、宗室の物語。
道安風炉、宗旦木槿など道具や茶花に茶人の名が残る。
それぞれの生き方や葛藤などが意外に人間臭くて面白い。

三部作の最終巻だって。
一部『千家再興』 二部の『千家奔流』も読まなくちゃ。


「裏が幸せ」

楽しいエッセイを読み終わりました。
図書館に返却する前に覚え書き。
酒井順子著『裏が幸せ』


陰影…金沢の金箔、能登の漆。
旧家の奥の仏間にある巨大な仏壇が漆黒の建具の中にほの暗く光る。
金襖や金屏風も暗がりの中で美しさを見せるのでしょうぴかぴかぴかぴかぴかぴかぴかぴか
「現代人は明るい家に住んでいるので、こういう黄金の美しさを知らない」

民藝…大量生産で産まれる安い瀬戸物に押されて廃業寸前に追い込まれた牛ノ戸焼きの窯を再興。
鳥取の街はとても良い街なのにちっとも自慢しない人達。
穏やかな暮らしをそっとしておいてほしいのでないか。
演歌、文学、それから田中角栄。

隠岐に流された後鳥羽院、佐渡に流された順徳天皇、高貴な人を追って側近の公家たちも渡ってきて雅びな文化が残っているそうです。
日没の日本海を列車の窓から眺めた感動を思い出しました。
住んでいる方は、この季節は雪で大変な思いをしているでしょうが ... 雪

 

「石井筆子」

すごい女性を知りました。
貞明皇后の事を書いた『大正の后』を読んで気になった登場人物。
皇后の華族女学校時代のフランス語教師、石井筆子。
英語を学び、フランスやオランダにも留学して華族女学校のフランス語教師に。

昭憲皇太后や貞明皇后の通訳も務め、鹿鳴館の花と呼ばれたのを納得できるきりっと端正な顔立。
結婚して三人の娘に恵まれるが、1人が虚弱で早世、他の二人も知的障害をもっていました。
夫に先立たれ、娘を預けていた障害児教育施設滝乃川学園を手伝ううちに、学園を営む石井亮一の生き方に共感して結婚。
夫婦で障害児教育に全力を注ぎます。
…………
今のように障害児の人権などを世間は認めていない時代。
家柄も良く才色兼備の筆子はもっと華やかで楽な生き方もあったでしょうに。
貧しい施設で障害児のために最後まで尽くします。


 

「師父の遺言」

松井今朝子の『師父の遺言』を読みました。
松井今朝子氏にとって、師父とは武智鉄二氏《大正元年(1912)〜昭和63年(1988)》。
若い頃にアシスタントをする羽目になって、歌舞伎の演出や制作など手伝っていたそうです。
今まで、晩年の前衛的なポルノ映画監督としてしか認識していませんでした。
若い歌舞伎役者を使った武智歌舞伎なるものも前衛的なのかなと思っていました。
でも、歌舞伎を古典として大切に演出したらしい。

当代尾上菊五郎、中村吉右衛門、7代尾上梅幸、5代中村富十郎といった豪華配役の「玉藻前雲居晴衣」(1984)。
スモークやレーザーを使った、当時としては斬新な演出だったらしい。
玉藻の前姿の菊五郎を舞台写真集で見たことがあります。
今朝子さんも、主演の若い菊五郎の美しい素顔にうっとり見惚れていたそうですラブ
楽しそうな演目です。見たかったな。




文中より…読書
「中高生のころに小説よりもよく読んでいたのは歌舞伎の本だった。
歌舞伎のタイトルは、たとえば『色彩間刈豆』と書いて「いろもようちょっとかりまめ」と読ませるなど、奇妙な読ませ方をするものが多い。
それらを案外すらすら読めてしまう自分に驚く。
思えば吸収力の高い時期の脳をくだらない記憶に使ったものだが、歌舞伎はこうした幼稚な知識欲を満足させやすい、いわゆるオタクネタの古典でもあるのだった。」

何だか私も似たような青春時代でした。
英語の単語も数学の公式も頭に入らないのに、お富と与三郎とセリフは覚えられた。
今朝子さんみたいな直木賞作家にはなれなかったけど、今も歌舞伎を楽しめるのは、あの時のお勉強(?)のおかげかな楽しいチョキムード
 

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