「バイオパーク」

長崎市郊外のバイオパークに行ってみた。

三男が小学1年くらいの連れて行ってもらった動物園。

彼の心の中では、ずっと世界一の動物園だという。

 

なるほど、草食系のおとなしい動物をほぼ放し飼いにしてあります。

高い柵や頑丈な檻はなく、低い塀や水路、トンネルなどで区切ってあります。

近くに寄って餌をやったり撫でたりできます。

リスザルの森ではリスザルが降ってきました。

リスザルの手のひらは小さくてひんやり。

まとわりつかれると結構気持ちがいい。

見上げるとワオキツネザルがぶら下がっている。

逃げないのが不思議です。

いごごちがいいのかな。

 

 

20190928_2919029.jpg

 

20191006_2923635.jpg20190928_2919027.jpg20190928_2919025.jpg20190928_2919023.jpg20190928_2919017.jpg


「思い出探し」

30年ほど前に3年間住んでいた長崎郊外の町を訪れてみた。

穏やかな海に囲まれた町はしずかでした。

子育てでイライラしたときに海を眺めて心を静めた防波堤。

長男が基地を作って宝物を隠した洞穴。

「こんなに小さかったかなあ。」

駄菓子屋は美容院になっていました。

子供が少なくなったようです。

色々教えてくれた宣教師のアボット先生はもういないけど、小さな教会は健在でした。

 

 

20190928_2919049.jpg20190928_2919011.jpg20190928_2919039.jpg20190928_2919051.jpg20190930_2920318.jpg

長崎市内にいくといつも家族で立ち寄ったカレー店。

市の中心部からお隣の諫早市に移転してこじんまりと営業中。

熟年のおじさまが二人で接客。

何度も注文を聞きなおしたり、何とも長閑。

ホロホロと牛肉が崩れる欧風カレーの味は変わりませんでした。

レーズンとラッキョウ、たくわんと粉チーズをトッピングするのが特徴です。

 

 

 

20190928_2919041.jpg20190928_2919053.jpg20190930_2920316.jpg20190930_2920314.jpg

夕方、出島に行ってみた。

昔住んでいた時は小さな記念プレートだけだったのを、平成になったころから周りの土地を買収して、出島を復元したそうです。

2017年に完成した表門橋は手前に橋の重力がすべてかかり、史跡でもある出島の石垣には負担がかからない作りだそうです。

すごい技術だそうです。

ミニ出島には巨大な猫怪獣(?)。

長崎には南蛮船で運ばれてきた猫の子孫、尾曲がり猫がいます。

この猫も尾曲がりだったような気がします。

 

 

 

 


「足利にて」

足利薪狂言を見る一泊ツアー。

台風の影響の雨を縫って、足利学校など見学。

 

20190911_2908750.jpg20190911_2908754.jpg20190911_2908756.jpg20190911_2908752.jpg

足利学校で、令和書写体験をしてみました。

令和『初春令月 氣淑風和』

…やっぱりへたくそです😖…。

 

一日目の昼食は『足利井萬里』

無添加の食材で、オーナーのコレクションの時代物の器が楽しい。

 

 

20190911_2908766.jpg

20190911_2908764.jpg20190911_2908762.jpg20190911_2908770.jpg20190911_2908768.jpg20190911_2908779.jpg20190911_2908760.jpg

漬物の小皿をひっくり返したら〈大明成化年製〉と書いてあった。

気になって仲居さんに聞いたけど「女将さんじゃないとわからないんですよ」

 

二日目のランチは青梅の『井中居』

明治時代の庄屋のお屋敷を使った懐石料理の店。

料理は数人分盛り合せてあって取り分けていただきます。

料理も店内も迫力がありました。

 

20190911_2908735.jpg20190911_2908737.jpg20190911_2908739.jpg20190911_2908747.jpg20190914_2910088.jpg20190914_2910090.jpg20190914_2910092.jpg20190911_2908741.jpg

 

 

 


「大阪にて」

今年のお正月は大阪で過ごしてみました。

新大阪駅で待ち合わせて、あちこち案内してもらいました。

 

中之島図書館本館。

明治37年に住友家が寄付。

この辺り住友系の企業が多いそうです。

コリント式円柱に支えられたギリシャ神殿風正面。

中央ホールギャラリーも豪華です。

 

 

 

20190106_2751894.jpg20190106_2751900.jpg20190106_2751898.jpg20190106_2751912.jpg

 

 

 

適塾跡

緒方洪庵が1838年に開いた蘭学塾。

大村益次郎、福沢諭吉などが輩出。

教える者と学ぶ者が互いに切磋琢磨しあう制度で学問を研究しあう。

塾生たちの信頼関係は緊密だったという。

福沢諭吉は適塾時代を振り返り、「立身出世を求めたり勉強しながら始終我が身の行く末を案じるのではなく、純粋に学問修行に努め、物事のすべての理解力を養った」と記しているという。

素晴らしい学問所だったんですね!

20190106_2751916.jpg20190106_2751918.jpg

 

不思議な段差。石段も趣があります。

この台地が大阪発展の基になったそうです。

(ブラタモリより)

20190106_2751874.jpg20190106_2751878.jpg20190106_2751876.jpg

 

 

進次郎様がいた!

20190106_2752004.jpg

20190106_2751902.jpg

NHKにて。「さわったらアカンよ」。さすが大阪(笑)。

 

20190106_2751904.jpg20190106_2752006.jpg20190106_2752002.jpg20190106_2752000.jpg

美味しいものをたくさんいただきました。😄

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「難波宮跡公園」

20190106_2751868.jpg20190106_2751866.jpg20190106_2751864.jpg20190106_2751862.jpg

 

大阪に行ったついでに、近くにある難波宮跡公園に行ってきました。

官庁街の中に広々とした公園になっています。

礎石の後が杭のようなオブジェとなって整然と並んでいます。

中大兄皇子、有間皇子、孝徳天皇、間人皇后たち、遠い時空の人と思っていた古代の人たちの存在を実感します。

傍らには大阪城。

『露と落ち 露と消えにし我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢』

秀吉の辞世の歌。大阪城も浪速です。


「小さなホテル」

20181111_2716148.jpg20181111_2716146.jpg20181111_2716144.jpg20181111_2716150.jpg20181111_2716152.jpg20181111_2716154.jpg

奈良への独り旅。

気になっていた東大寺近くの小さなホテルに泊まってみた。

今井町を散策して、近鉄奈良駅。

薄暗くなった奈良公園を彷徨って辿り着いた。

 

人が少なくなった東大寺近辺では,あちこちで鹿が啼いている。

 

『おく山に 紅葉踏み分けなく鹿の 声聞くときぞ 秋は悲しき』(猿丸大夫)百人一首

 

鹿って本当に泣くんだ…そして何だか哀しそうな声です。

たぶん日中は観光客の喧騒にかき消されているのかも。

 

初めて泊った小さなホテル。

家庭的な雰囲気でこだわりの朝ごはんもおいしい。

でも住宅街の一角なので夕飯を食べるお店を探すのに苦労。

結局バスで駅まで出ることになった。

食事をしてからゆっくり行けばよかったんだわ。

リピーターが多いらしい。

また利用したいホテルでした。

 


「今井町」

奈良へ行く途中に橿原市の今井町へ行ってきました。

近鉄橿原線で八木西口駅下車。

駅ほど近くに江戸初期の街並みが残ります。

一向宗称念寺門徒が、環濠土居を築いて建設した街でした。

信長に抵抗して降服。武装解除して自治権を与えられました。

20181114_2717823.jpg

20181113_2717579.jpg20181114_2717825.jpg20181111_2716178.jpg20181111_2716166.jpg20181111_2716168.jpg

 

 

今井町西口にある今西家は1650年建立。

司法権、行政権を与えられ、土間の白州や仕置き部屋もあります。

20181111_2716176.jpg20181111_2716170.jpg20181111_2716164.jpg20181111_2716160.jpg

 

美しい町並みは、朝ドラ「あさが来た」や伊右衛門のCMも撮影されたそうです。

そう言えば、何となく見たことがある風景です。

余り観光化されていなくて、お店も少なく、静かに散策できる街でした。

 

20181114_2717821.jpg

奈良を歩くと万葉集の世界に遊ぶような気分になる。

「香久山は 畝傍ををしと 耳梨とあひあらそひき

神世より かくにあるらし

古昔も然にあれこそ うつせみも 嬬をあらそふらしき」

                   (中大兄皇子)

 

京都を歩くと源氏物語や平家物語を思い出す。

大阪の地名は近松門左衛門を思い出す。

東京に残るお江戸の地名は河竹黙阿弥を思い出す。

何だかワクワクするのって幸せ💝。

 


「如己堂」

長崎の旅、最終日。

飛行機の出発まで時間があるので、添乗員の好意でしばし平和公園あたりを散策。

浦上天主堂近くの如己堂に行ってきました。

 

永井隆博士、長崎医大勤務時に原爆被災。

傷ついたまま3日間救護活動をして帰宅。

自宅も被災しており、黒い骨の塊と焼けただれたロザリオ(十字架)で夫人を確認。

『焼けバケツに妻を拾って入れた。.................

私の腕の中で、妻がかさかさと燐酸石灰の音を立てていた。

私はそれを「ごめんね、ごめんね」と言っているのだと聞いた。』

 

白血病と原爆症を発症した永井博士は浦上の人たちや教会の協力で建てられた二畳の建物で療養した。

如己堂とは「汝の近くの者を己の如く愛すべし」とある聖書の言葉からとったものである。

この小さな家で、二人の子供と寄り添って暮らし、たくさんの著書でひたすら平和を訴えた。

『長崎の鐘』『この子を残して』などを読んで胸を打たれました。

 

1年生になった長女のカヤノちゃん。

................................

病床の父永井博士のために給食に出たパインジュースをそっと大切におわんに入れて持ってきた。

おわんの中には2口くらいのパインジュースが入っていた。

一口いただいたらとてもおいしかったから。

お父さん、おあがりよ。おいしいのよ。

.................

この一節、愛らしくて哀しくてたまりません。

如己堂の隣には永井博士の記念館があります。

一つ一つの展示品の感動して、集合場所には滑り込みセーフでした。

 

20181021_2700265.jpg

 

 

 

 

 

 


「祈りの島へ」

五島列島ツアー、早々に申し込んであったので、九月に西日本を何度も襲った台風が心配でした。

幸い、天気にも恵まれて、きれいな海と空を満喫。

今回の目的は五島列島の教会群を見ること。

中でも上五島にはなんと29もの教会があります。

譲れないもののために五島にやってきたキリシタンたちは,禁教の中、島々のそこかしこで息をひそめ、敬虔な信仰を守り伝えました。

小さな漁村や辺鄙な里でひそかに祈りをささげていたクリスチャンたちは禁教が解かれたのち浄財を捧げて祈りの場を作りました。

信仰心の薄い私ですが、小さい教会の前に立つととても癒される気持ちになります。20181021_2700305.jpg

 

上五島,青砂ヶ浦天主堂、鉄川与助(上五島出身の教会建築家)建設。

レンガや石材、木材などの資材を海岸から背負って運んだ信徒たちの労働奉仕もあって1910年(明治43年)完成。

 

 

 

20181021_2700293.jpg20181021_2700291.jpg20181021_2700289.jpg20181021_2700295.jpg

旧五輪教会堂(久賀ヶ島)1881年(明治14年)築。

地元の大工によって建てられた。

内部は板張りの蝙蝠天井でゴシック様式を踏襲している。

隣に新しい教会が建てられていて、この旧建物は内部を撮影できるのでうれしい。

 

 

20181021_2700303.jpg20181021_2700301.jpg

頭ヶ島天主堂

鉄川与助設計施工、1910年(明治43年)着工。

資金難のため中断、1919年(大正9年)完成。

内部には可愛い花の彫刻やステンドグラスが鮮やかです。

 

20181026_2703953.jpg20181026_2703955.jpg

福江島、井持浦教会堂とルルド。

 

五島列島にはクリスチャンが多く、観光ガイドの方もクリスチャンらしい。

楽しい話もたくさんしてくださるけど、教会の中での解説の時は表情がきりっとします。

あちこちにクリスチャン迫害の歴史跡。

美しくて哀しい風景が広がります。

 

20181021_2700327.jpg20181021_2700325.jpg20181021_2700323.jpg20181021_2700311.jpg20181026_2703467.jpg20181021_2700297.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「飛騨高山&白川郷の旅」

 

嬉しいお誘いで、憧れていた飛騨高山。

初めてバスタ新宿からの高速バスに乗りました。

頑張って早朝7時半のバスに乗ってひと眠りすると昼過ぎに高山駅。

飛騨牛のランチを食べて高山市内を散策。

出格子の連なる古い町並みがとても素敵です。

町家を使った喫茶店は家具も立派な飛騨家具。

いただいたのがソフトクリームだけだったのが何だかもったいない。

 

高山は良質な木材が豊富で、徳川時代に幕府の天領だったので、見事な陣屋が現存しています。

部屋の格式によって畳や畳縁が違うそうです。

葵祭に用いられたり、徳川の家紋になったフタバアオイも初めて庭先で見られました。

 

 

 

老舗の酒造では利き酒もできます。

中庭で塩を舐めてくいっと一杯。

ちょこっとだといっそう😋美味しい。

 

日下部民芸館は明治12年築。

建物も見事ですが、古民芸のコレクションも素晴らしい。

中庭では無料のお茶の接待もあって嬉しい。

 

 

 

 

高山駅からバスで白川郷。

田園風景の中の合掌造り集落は美しい。

和田家は江戸時代末期の建物で、庄屋や番所役人も勤めた家柄。

白川郷を保存するために尽力したそうです。

 

 

高山市図書館、建物が素晴らしい。

 

デジカメの扱いを間違って、撮った写真が全部消えた😞!

スマホの写真とパンフレットを駆使してアップした旅行記です。

美味しいものやきれいな花もたくさん撮ったのに…😢。

 

 

 

 

 

 

 


| 1/9PAGES | >>

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< May 2020 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

profile

search this site.

others