「如己堂」

長崎の旅、最終日。

飛行機の出発まで時間があるので、添乗員の好意でしばし平和公園あたりを散策。

浦上天主堂近くの如己堂に行ってきました。

 

永井隆博士、長崎医大勤務時に原爆被災。

傷ついたまま3日間救護活動をして帰宅。

自宅も被災しており、黒い骨の塊と焼けただれたロザリオ(十字架)で夫人を確認。

『焼けバケツに妻を拾って入れた。.................

私の腕の中で、妻がかさかさと燐酸石灰の音を立てていた。

私はそれを「ごめんね、ごめんね」と言っているのだと聞いた。』

 

白血病と原爆症を発症した永井博士は浦上の人たちや教会の協力で建てられた二畳の建物で療養した。

如己堂とは「汝の近くの者を己の如く愛すべし」とある聖書の言葉からとったものである。

この小さな家で、二人の子供と寄り添って暮らし、たくさんの著書でひたすら平和を訴えた。

『長崎の鐘』『この子を残して』などを読んで胸を打たれました。

 

1年生になった長女のカヤノちゃん。

................................

病床の父永井博士のために給食に出たパインジュースをそっと大切におわんに入れて持ってきた。

おわんの中には2口くらいのパインジュースが入っていた。

一口いただいたらとてもおいしかったから。

お父さん、おあがりよ。おいしいのよ。

.................

この一節、愛らしくて哀しくてたまりません。

如己堂の隣には永井博士の記念館があります。

一つ一つの展示品の感動して、集合場所には滑り込みセーフでした。

 

20181021_2700265.jpg

 

 

 

 

 

 


コメント
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2018 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

profile

search this site.

others